〔設問1〕詐欺罪における実行の着手について
・実行の着手(意義)(43)
:既遂犯の構成要件的結果を生じさせる危険性が認められる行為への着手(実質的客観説)
詐欺罪(246)
:人を欺いて財物を交付させた場合(246Ⅰ)、人を欺いて財産上不法の利益を得、または他人にこれを得させた場合(246Ⅱ)に成立
↓
移転罪であり、占有者の意思に基づく占有移転を要件とする交付罪であり、財物のみならず財産上の利益を客体とする個別財産に対する罪
↓(客体)
・財物(意義)
:有体物(空間の一部を占めて有形的存在を持つ、固体・液体・気体)に限られる(有体性説、通説)
・財産上の利益(意義)
:債権など有体物以外の財産的利益・権利
・人を欺く行為(欺罔行為)(意義)
:交付行為者の錯誤を惹起する行為(交付の判断の基礎となる重要な事項について欺かなければならない)
人を欺く行為による錯誤の惹起→錯誤に基づいた交付行為→交付行為による物、利益の移転(相互間に因果関係が必要)
〔設問2〕甲・乙・丙の罪責
・乙・丙の罪責(強盗致傷罪の成否)
・強盗罪(236)
:暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した場合(1項強盗罪)、暴行又は脅迫を用いて財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた場合(2項強盗罪)に成立
・他人の財物
:他人が所有権を有する財物
・財産上の利益
:債権など有体物以外の財産的権利・利益
・暴行又は脅迫(通説)
:被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のもの
・強取
:暴行・脅迫により被害者などの反抗を抑圧して財物を奪取すること
・共同正犯(60)
:「2人以上共同して犯罪を実行した」場合に成立
・謀議・共謀に基づいて犯罪の実行が行われた場合には謀議関与者について実行行為の分担の有無を問わず共同正犯としての罪責が問われる
・乙と丙は、共謀に基づき、Bの手足を縛り口を塞いだ上で床に倒すという反抗抑圧に足る暴力を行い、それによりBの抵抗を排除した上で、B宅内にあったBの所持する現金300万円を持ってB宅を出ている
↓よって、
強盗罪の共同正犯(236Ⅰ、60)が成立
・その後、Bが緊縛による足のしびれの影響で転倒して全治2週間の頭部打撲の傷害を負ったことについて、強盗致傷罪の共同正犯(240、60)が成立するか。同罪の成立が認められるためには、乙・丙の強盗の手段たる緊縛行為と、Bの転倒による傷害との間に刑法上の因果関係が認められなければならない
・強盗致傷罪(240)
:強盗犯人が人を負傷させた場合に成立
・危険の現実化としての因果関係
:「行為の危険性が結果へと現実化したか」(危険の現実化)が基準とされて因果関係の判断が行われている
↓
行為の危険が介在事情を介して結果へと実現したと言えるかを検討
(百選Ⅰ 8-14)
・Bは既に緊縛状態から解放されていたものの、Bに生じていた足のしびれはまさに長時間の緊縛行為の影響によるものであり、乙・丙の行為が、Bに立ったり歩いたりすると転倒しかねない危険な状況を設定したといえる。また、Bはしびれが完全に治るのを待って動き出す方がより安全だったものの、奪われた物の有無を早急に確認することは、場合によっては緊急の措置を採る必要が出てくる可能性があったことからすれば、強盗の被害者の心理状態として無理のないことであり、娘とはいえ同居していないCに確認させることも難しい。したがって、Bの行動は不自然なものとは言えず、乙・丙の行為によって設定された足のしびれによる転倒の危険が、Bの行動を介して結果へと実現したと評価できる。
↓よって、
乙・丙の行為と傷害結果との間には因果関係が認められ、強盗致傷罪の共同正犯が成立する
・甲の罪責
・甲は乙・丙と詐欺を共謀しているので詐欺未遂の共同正犯が成立
・甲は乙・丙が計画変更して実施した強盗致傷罪について何らかの罪責を負うか(共謀の射程の問題)
↓
・共謀の射程
:当初の共謀の合意内容に含まれない犯行が行われた場合に当初の共謀の因果性がその行為に及んでいるのかという問題であり、当初の共謀と行為時の心理状態の関係、共謀時の予測可能性などの事情を総合考慮して判断される
↓
当初の共謀内容である詐欺と実際に行われた強盗では財物移転罪という以上に高い類似性があるわけではない。もっとも、Bの300万円が目的である点は当初から同じであり、被害者であるBを選んで現金をB宅に用意させておくことは共謀成立以前に甲によって行われていた。また、分け前は当初の計画通り三等分であり、特殊詐欺グループの常習的な犯行の一環とも言うこともできる。さらに、特殊詐欺がいわゆるアポ電強盗に変化することは予測不可能というわけではない。
↓よって、
以上の事情を総合考慮すれば、当初の共謀の射程は乙・丙の強盗致傷に及んでいるといえる
・共犯と錯誤(抽象的事実の錯誤)
:共犯(教唆者・幇助者)又は共同正犯者が認識・予見した事実と正犯又は他の共同正犯者が実現した構成要件該当事実とが異なる場合、錯誤に陥っている共犯又は共同正犯者についていかなる犯罪が成立するか、という問題
↓
認識事実と発生事実が異なる構成要件に該当する場合であっても両者が重なり合っていればその限度で軽い罪の故意犯の成立が認められる
↓よって、
詐欺罪の限度で実質的な重なり合いが認められ、甲乙丙には詐欺既遂罪の限度で共同正犯が成立
↓なお、
乙丙によるBに対する傷害の部分は共謀の射程内だとしても、甲に乙丙の緊縛行為を阻止する注意義務までは認めることができないので、過失傷害罪(209Ⅰ)は成立しない
〔設問3〕業務妨害罪における公務
・公務執行妨害罪(95Ⅰ)
:公務員が職務を執行するにあたり、これに対して暴行又は脅迫を加えた場合に成立する
・保護法益
:公務員によって執行される職務(公務)
↓
・業務妨害罪(威力業務妨害罪(234)、偽計業務妨害罪(233後段))の業務に公務が一部含まれうる
・業務
:職業その他社会生活上の地位に基づき継続して行う事務又は事業
↓
・暴行・脅迫に至らない妨害を強制力によって排除することのできる「強制力を行使する権力的公務」以外の公務は業務妨害罪によって保護すべき(限定積極説)
↑
・強制力を行使する権力的公務には暴行脅迫に至らない手段による妨害を受けた時にそれを自力で排除する権能が備わっているからそれをあえて業務として保護するのは適切でない(威力業務妨害の成否 最決H14.9.30 Ⅱ-24)
・警察官の逮捕は典型的な強制力を行使する権力的公務であり、事実6の道を塞ぐ行為に対しては強制力の行使が可能であったと言えるので、その公務は業務に該当せず威力業務妨害罪は成立しない。一方で、事実7の虚偽通報行為に対しては、それによって実施できなかった逮捕という職務は強制力を行使する段階におよそないと言えるので、業務として保護されるべきである。
参考文献
:刑法〔第4版〕・山口厚(有斐閣)
 刑法判例百選Ⅰ・Ⅱ〔第8版〕(有斐閣)
 司法試験の問題と解説2023・法学セミナー編集部(日本評論社)
