〔設問1〕Dは一連の経緯により甲社の取締役の地位を失ったことは実質的な解任であって不当であり、甲社に対して会社法上の損害賠償請求を追求しようと考えている。Dの立場において考えられる法律構成及び損害に関する主張並びにそれらの当否について
・取締役の解任
:取締役は任期中いつでも株主総会の決議により解任できる(339Ⅰ)
↓
任期中に解任された取締役は解任に正当な理由がある場合を除き、会社に対して損害の賠償を請求できる(339Ⅱ)
※株主総会による解任の自由の保障と任期に対する取締役の期待との調和
・参考判例 取締役解任の正当事由(最判S57.1.21 42)
・Dが取締役任期を短縮する定款変更に伴う退任および不再任により甲社の取締役の地位を失ったことは実質的な解任であり、会社法339条2項の類推適用により甲社に対して報酬相当額を損害賠償しうる
↓本件を見るに、
意見対立を理由とした定款変更によるDの狙い撃ちであり、取締役の業務に緊張感を持たせることを理由とする定款変更であるとAらは主張するが、保有株式比率を考慮すると形式的理由でしかない
↓したがって、
会社法339条2項の制度趣旨である、株主総会による取締役解任の自由の保障と取締役の任期に対する期待の保護との調和を考慮すれば、同項の類推適用により不再任に正当な理由がない限り、解任と評価することができ、損害賠償請求できる
↓また、「正当な理由」とは、
役員等に職務執行上の不正行為や法令定款違反行為があった場合や心身の故障などにより客観的に職務遂行に支障を来すような状態になった場合、職務遂行に著しく不適任または能力欠如の場合などに認められる一方で、取締役相互間の対立や株主との対立の結果としての解任の場合には認められない
↓そして、損害に関して、
甲社において乙社出身の取締役は選任から4年で退任するという慣例があり、それをDはAから説明され、了承していたことを考慮すると、残りの2年分の報酬相当額が損害といえる
↓以上より、
Dは甲社に対して会社法339条2項類推適用により、2年分の報酬相当額の損害賠償を請求することができる
〔設問2〕株主Jは株主代表訴訟を提起して、戊社代表取締役Gに対し、本件事業譲渡契約を締結する旨の判断をして実行したという一連の経緯について、会社法上の損害賠償責任を追及しようと考えている。Jの主張及びその当否について
・任務懈怠責任(423Ⅰ)
:役員等(取締役、監査役、会計参与、執行役、会計監査人)が任務を怠った場合は株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う
↓(要件)
1)取締役等の任務懈怠
2)会社の損害の発生
3)任務懈怠と損害の相当因果関係
4)任務懈怠についての帰責事由(故意、過失)の不存在
・取締役と株式会社の委任関係
:取締役等は株式会社の管理・運営に関する事務を処理する者であるから会社との間で委任の関係に立つ(330)。例えば、取締役等は善良な管理者の注意をもって、会社の事務を処理する義務を負う(民644)
↓ただし、
経営判断の結果として、会社に損害が生じた場合に安易に善管注意義務違反を認めると取締役はリスクを取らなくなり、会社・株主の利益に相反する。そのため、経営判断は取締役に広い裁量を認めるべきであり、その判断の過程と内容に著しく不合理な点がない限り、善管注意義務違反と解するべきでない(経営判断原則)
・本件事案において、デューデリジェンスを省略する判断に関して、乙社は業績悪化に伴い急激に財務状況が悪化し、それに伴い在庫価値が下落している可能性があったこと、また知的財産権等の管理もいい加減であったこと、それによりデューデリジェンスを行うべきであるという弁護士の回答があったことから、デューデリジェンスにより譲渡対象事業の実態を調査する必要性が認められ、Gもこれらの事情を知っていた。その他事情を考慮しても、戊社の利益から見れば、デューデリジェンスを省略するメリットは小さく、デメリットは大きい
↓以上からすると、
Gの善管注意義務違反が認められ、任務懈怠が肯定される。また、帰責事由の不存在を根拠づけることも困難である(要件1,4)
↓また、
戊社はデューデリジェンスを行っていれば本件事業譲渡契約を締結しなかったであろうといえ、その後に発生した評価損等はGの任務懈怠と因果関係がある損害といえる。そして、デューデリジェンスを行ったとしてもその対価は1000万円以下となるはずだったといえるならその差額がGの任務懈怠と因果関係がある損害といえる
↓よって、
Jにより提起された株主代表訴訟において、Gは戊社に対して上記損害を賠償する責任が認められる
〔設問3〕丁銀行が戊社に対して乙社の残債務の弁済を請求できるか
・譲受会社の商号続用責任(22Ⅰ)
:事業の譲渡において、譲受会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、譲受会社はたとえ事業譲渡契約において債務の引受けをしていなかったとしても譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う
↑(趣旨)
・商号が続用される場合、譲渡会社の債権者は事業譲渡がなされたことを知り得ず、譲受会社は譲渡会社と同一の主体であると信じる可能性があり、仮に知り得たとしても譲受会社は譲渡会社の事業を全て承継したと信じることが通常であると考えられるため、その信頼を保護する必要がある(外観保護説)
・参考判例 ゴルフクラブの名称の継続使用と商法17条1項(会社法22条1項)の類推適用(最判H16.2.20 商法判例百選18)
・本件では登録商標Pは譲渡会社である乙社の商号「乙」を含み、消費者には乙社を示すものと受け取られていた。そのため、登録商標Pは本件事業譲渡前に日用品製造販売事業の事業主体として譲渡人乙社を表示する機能を有していたと言える。そして、本件事業譲渡後は戊社は同社の店舗内で登録商標Pを描写した看板を入口に掲げるとともに、同社のウェブサイトにおいて登録商標Pを含む宣伝を掲載するなどを行って、登録商標Pを使用した日用品を販売している。これにより、登録商標Pは単なる商品の識別表示ではなく、事業主体の表示として用いられていると言える。また、事業譲渡後に戊社が扱う登録商標Pが使用された日用品の6割程度は従来乙社が登録商標Pを使用して販売していたものと同じ商品であり、事業の同一性が見出される。そして、従来乙社の商品を扱ったことがなく、その商号や店舗名称に「乙」の文字や登録商標Pに含まれる文字を使用していなかった戊社が、本件事業譲渡後、前記のように登録商標Pを用いている。そのため、登録商標Pは譲渡対象事業の主体が本件事業譲渡後は譲受人戊社であることの表示として機能していると評価できる。
↓もっとも、
会社法22条1項の類推適用が外観保護を理由とするなら、丁銀行のような銀行は商号等の継続的使用という外観により事業主体を誤認する可能性は低い。そこで、会社法22条1項が詐害譲渡に対する救済として機能している実態を加味し、詐害性や事業譲渡の手続に債権者が関与する必要性が同項類推適用を正当化する事情と考えることができる。
↓
本件では、乙社にとって廉価譲渡であり、戊社はペーパーカンパニーではなく実態のある会社である。また、乙社は純資産がゼロになるだけで債務超過となる訳ではない。それらを評価すると、詐害性の程度はそれほど高くない。だが、残債務の弁済期日が経過した後に事業譲渡が行われており、丁銀行としては重大な利害関係を有し、本件事業譲渡の手続に関与する必要性が高かったと評価できる。
↓したがって、
本件事業譲渡について会社法22条1項の類推適用は認められる
↓よって、
丁銀行は戊社に対して、乙社の残債務の弁済を請求できる
参考文献
:会社法〔第4版〕・田中亘(東京大学出版会)
会社法判例百選〔第4版〕(有斐閣)
司法試験の問題と解説2022・法学セミナー編集部(日本評論社)