先日、ネットニュースを見ていると、資生堂アートハウスが来年の6月末で閉館するとのこと。資生堂アートハウスと言えば、私が大好きな建築家、亡くなられた谷口吉生氏の設計した初期の建物。一度も見たことがなく、築約50年でもあり、近い内に無くなる可能性もあると思われ、これは見に行かねばと思った。
道順を調べていると、資生堂アートハウスは静岡県掛川市にあるが、通り道には豊田市もある。だったら、もう何回行ったか分からないがコロナ禍以降は行けていなかった豊田市美術館も合わせて行こうと思った。さらにそういえば隣に私の中で最近流行っている建築家の坂茂氏設計の豊田市博物館もある。ここ最近、いろいろな事が一区切りついたこともあり、久しぶりに建築ツアーに出かけようと思いついた。
余談だが、最近の私の中での日本のトップの建築家は坂茂氏だと思う。谷口吉生氏は別格だが。世界で言えば、ジャン・ヌーベル、ビャルケ・インゲルス、MVRDVだ。日本が停滞しているかは関係ないかもしれないが、この人達の本を探すと必ず洋書に辿り着いてしまう。日本の本なら10年以上前に出版したものばかり。日本よ、もっと頑張ってくれ。
朝から新神戸を出発して、静岡県掛川市に向かった。JR掛川駅に降り立つ。静岡県の地を踏むのは初めてなんじゃないだろうかと考えながら徒歩20分で資生堂アートハウスに辿り着いた。建物に近づくにつれ、谷口氏らしい建物の外観が見えてきた。気持ちが高揚するような、ほっと落ち着くような何とも言えない気分のまま、エントランスから美術館内に入っていく。エントランスもそうだが、豊田市美術館と同様に高さのメリハリが心地よく感じた。また、建材や色味を多くは使っていないので、その高さのメリハリが一層引き立つ。資生堂アートハウスは谷口氏の初期の作品だが、その後に続く建物と遜色なく、要所要所に抑制と抑揚が付いていて、とても素晴らしい建物だった。





資生堂アートハウスに隣接して企業資料館があった。外装は同じ仕様なので、この建物も谷口氏が設計したのだろうかと思い、館内に入ってみると、明らかに空間の質が悪い意味で異なる。おそらく、資生堂アートハウスに倣って建てた建物だろうと考え、念のために受付の人に設計者について尋ねるとやはり設計者は別だった。設計者が変わるとここまで空間の質が変わってしまうのかと驚いてしまった。ある意味、一番の収穫だったかもしれない。

掛川市に滞在1時間程度で次に愛知県豊田市に向けて出発した。旅行ではなく、建築を見に行くための移動でしかないので、できるだけコストを抑えるため、JRや私鉄を乗り継いで移動した。また、新幹線だとすぐに着く利点はあるが、ある意味、味気ない。少し余計に時間がかかったが、行ったこともない途中の浜松市や豊橋市等の街並みを車窓越しに眺めながらの移動となった。
前回、豊田市美術館に来たのがいつかは定かではないが、確実にコロナ禍前だったので、かなり久しぶりの訪問となった。だが、数えきれないぐらい訪れているので、入口に立った時点で家に帰ってきたような気分になった。相変わらずエントランスの高さの抑揚が素晴らしいなと思いながら、外から建物全体を眺めた。今まで何となくは思っていたが、ランドスケープデザインはピーター・ウォーカー氏が担当しているが、このランドスケープがあるからさらにこの建物はさらに昇華されているようにも思った。来る度にいろいろな発見がある。次に来るのはいつかは分からないが、必ずまた来ようと思った。






そして、今回さらなる楽しみとして、坂茂氏の設計の豊田市博物館が隣に出来ていて、初めての来訪だったので、わくわくしていた。木をふんだんに使っていて、屋根は格子梁のような構成。期待感を膨らませつつ、内部へ。ホールを抜けて正面玄関側へ移動しつつ、館内を見渡す。すごい建物だなと思いつつも、すごい建物なだけかとも思った。ついさっき、豊田市美術館を見てしまったからかもしれないが、空間構成であったり、細かなディテールだったりを見ると、美術館と比べると見劣りしてしまった。ただ、あなたにこの建物の設計ができますか、と問われれば、何とも言えない。この規模の建物なら関係者の調整だけでも大変だったであろうし、この建物の構造を成り立たせるのにも想像するだけで多大な労力があったことが予測される。また、これだけ木を使うことで配慮・検討すべき項目も膨大だったことは予想が付く。だが、次に豊田市美術館を来訪する時には博物館には足を運ばないだろうなとも思った。だがそれでも、今の日本のトップ建築家は坂茂氏とも思った。ランドスケープも何とも言えない違和感を感じたが、後から調べると、美術館と同じ、ピーター・ウォーカー氏。彼なのに何故?と考えていて、さらに調べると、彼の息子さんがメインで博物館の方はランドスケープデザインを行っているとのこと。世襲制が通じる世界もあるが、実力勝負の世界では世襲はなかなか難しいなと、ぼそっと思った。




今回、久しぶりに思い付きに似た感じで建築を見に足を伸ばした。本当は今動いている案件の作業量を考えればそれどころではないぐらいに時間が惜しい状況ではあるが、それでも自分自身の建築的な栄養補給にこの旅は行くべきだと考え、各建築を見て廻った。結論は分かっていたが、やはり谷口吉生氏の設計した豊田市美術館が私の心を掴んで離さない。いろいろな良い所、特徴的な所は何度も来ているから分かってはいるが、究極的には何がそこまでに私の心を掴んでいるのかがまだ分からない。それが分かるまで今後もきっと何度も訪れることになるだろう。そんな風に思える建築に出会えたことは幸せなことだと思う。また、いつかは私もそんな豊田市美術館を超える建築を、できることなら美術館を設計してみたいと思う。